炭の章 山本 愛子

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男のわけのわからない叫びは、どれひとつとってもピンとこないものばかりだった。 山本とは何者なのか。ここは一体どこなのか。 ドアは何度も激しく叩かれる。私はイライラをつのらせ、仕方無くドアを開けた。 ……瞬間。 「ああ……、うあああああああっ!」 ドアの前に立っていた男は限界まで目を見開き、私に向かって悲鳴をあげた。 「ああ、あああんた、その、その血、血は!!」 男は腰が抜けたのか、通路に崩れ落ちて震えながら私を見上げている。 ──血? 男の態度を酷く不快に思いながら改めて自分の姿を確認すると、手に、足に、ワンピースに、激しく飛び散ったような、黒く変色した血がベッタリと付着していた。 「なんなの、これ」 ──さっきまでこんな血、ついてなかったのに。 ……あら? 付いてなかっ……た、わよね? 「あんた、一体何やらかしたんだ……!」 男の目の表情が見る見る変わっていく。恐怖から、怒りへ。 「何の、ことか、わからな」 「嘘を付くな!!」 こんな状況で、不思議な事に心は平穏だった。 何もかも、すべて、何一つとしてわからないというこの状況が、逆にそうさせるのかもしれない。  
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