炭の章 山本 愛子

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足下にぐしゃぐしゃになった便せんが転がる。 それを拾いあげ、視界に入って来た一文で、全ての疑問を解決した。 【華麗で美しい殺人鬼。私は貴女の産み出した存在に、魅了されている】 ──ああ、そうだった。忘れていたわ。 私は心の中でそう返事をして、苦痛に唸っている男の横を素通りし、キッチンにあるはずのものを探す。 〝それ〟は、シンクの中に無造作に転がっていた。 出刃包丁。 予想外なのは、既に包丁にはベッタリと血がこびり付いている事だ。 しかしもうさほど疑問にも感じない。 そう、私は美しい殺人鬼。 覚醒したように目を見開き、男の前に立ちはだかる。 「な……、おま え」 目を必死で見開いて出刃包丁を凝視する男は、もう放っておいてもすぐに絶命するであろうと簡単に予想できる。 だけど。 ──私は、華麗な殺人鬼。 そう、私の憧れ。Aspiration。 ──あれ? aspirationって、何だった? 動きを止めて考え込む私の膝を、混乱した男が倒れかかるように掴んできた。 「まえ……、くるっ、て」 「ちょっと、今、黙ってて」 小バエを振り払うように男に向けて手を振ると、手に持った刃物は男の顔を鋭く傷付けた。 「ああっ!あああ!!」  
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