炭の章 山本 愛子

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【7月8日・?時?分・教員寮502号室】 熱気と湿気の篭る部屋に、カタカタと、音が響く。 指は、恐ろしい程のスピードでキーボードの上を滑る様に動き、画面には文字が現われては繋がり、文章となる。 【絹のような光沢を放つ白い首筋に、するりと刃を食い込ませる。 流れ出る血液すら美しく手を染め、それに陶酔しながらも女の喉を、華麗な動きで切り取ってゆく──七月八日】 【芸術的なカーブを描く耳に、まずは触れて感触を確かめた。 欲しいという衝動に突き動かされ、耳の裏から刃物を滑らせる。 さほど抵抗を感じずそれは切り離され、またひとつ、美しいものを手中に入れた満足感を噛み締める──七月八日】  カタカタカタカタ 指は止まることなく動き続ける。 この文章は、自分のプライドそのものだ。 自分が華麗で、そして美しくある為の記録だ。 テーブルに置かれた【aspiration】と書かれた瓶から、直接喉を鳴らしながら水を身体に流し込むと、それは安定剤のように脳を冷やす。 私は憎んでなどいない。  カタ カタカタ カタカタ 憧れてもいない。  カタカタカタ カタ カタ なぜなら、私自身 が   ──頭の一部が ぎゅう と 締めつ                            第二章 山本愛子 終  
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