入寮と小さな事件と森の中

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 王都の城下町で独り暮らしを始めるまでは母親の手伝いで料理を作ったり、大きくなってからは義姉や執事、その他の人たちにも振る舞ったりしていたのだが、自分が作った料理の味の感想を異性に、それも同年代ぐらいだと思われる男の人に聞くことはこれまでになかった。  しかし、そんな諸々の事情というものを目の前で食事しているこの男が理解どころか察知することができるはずもなく、 「どうした? 顔が赤いぞ?」 「!!??」  近づいてくる顔に敏感に反応して体温が急上昇。もう“熱い”などという言葉では言い表せないほどに顔から火が出そう”。“恥ずかしい”という本来の意味からは大きく逸脱してしまうが、今ならば本当にお湯が沸かせてしまえそうだ(もちろん試すようなマネはしないが)。 「本当に大丈夫なのか? ひょっとして熱でもあるんじゃないのか?」  言いながら彼は手を差しのべてくれたが、リュミエールはそれをとっさに少々乱暴に見えるかもしれない仕種で振り払い立ち上がってしまった。  一瞬(これは本来の意味で“1秒もないくらい”という意味)の間の後にあわてて弁解する。 「だ、大丈夫だって!全然平気だからっ!!」 「それならいいんだが、あまり無理はするな。少し休んだらどうだ。  今は手元にないが、もしも必要ならば薬を調合するぞ」 「だから大丈夫だってば!  そうだ、お代わりは? まだ食べる?」 「食べたい……と言いたいところだが、今夜はここらでお暇させてもらう。  持ち帰ることはできるか?」 「御安い御用よ。ちょっと待ってて」  リュミエールがキッチンへ引っ込むのと入れ替わるようにして、今度はサクヤが例の“ゲテモノ”を運んでいく。  しかし、何度見ても明らかに禍々しい空気を孕んでいるように思えるのだが、狼人族の黒髪青年は平気なのだろうか。
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