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「ちょっといいかしら」
リュミエールとレヴィを彼女たちの部屋まで送り届け、女子生徒に見つからないようにと三度隠密的行動をしていたら、思ったよりも時間を取られてしまっていたようで、【女子学生寮】から数歩と離れていない場所で声を掛けられてしまった。
他に誰かいるのかと思いヒューゲルはあたりを見回してみるが、時間帯が時間帯なのか誰かがいる気配はない。
「なにをキョロキョロしているの、あなたよ、あなた」
用事があったのは、どうやら自分に対してだったようだ。
振り返ると、お尻のあたりからは魚でいうところの尾鰭を生やしており、見えている範囲内では脚はビッシリと鱗に覆われている女性が【学生寮】から出てくるところだった。
しかし出てきてすぐ、その水妖精族の女性は「クシュン」と小さくクシャミをして体をぶるりと小刻みに震わせる。
「まだ春期だというのに、この時間帯はまだ少しだけ肌寒いわね」
「それが分かっていてなぜ薄着なんだ。上着を羽織るかしたらどうなんだ」
「よけいなお世話よ」
独り言のような小さな発言に反応したのがいけなかったのだろうか。尻尾のような尾鰭も意思を持って怒りを露わにするようにピョコピョコと動いている。
声に漏らさず息を吐き、ヒューゲルは話題を変えた。
「それで、俺に何か用か」
訊ねると、女性はふっと肩の力を抜くように微笑んだ。
「そんなに身構えないでちょうだい。別にあなたが悪事を働いたと言っているわけではないのだから」
そうは言うが、言った後で視線をわずかながらにでも鋭くするのはいかがなものか。
「本題に入る前に確認したいのだけれど、あなたの名前は“ヒューゲル=ヒュライハント”で間違いないのかしら?」
「ああ、そうだ。だがなぜお前が知っている」
あの場で自己紹介はしていないはずだが、彼女がファミリーネームまで知っているというのは何か理由でもあるのだろうか。
とはいえ、昨日の“謎野郎”の襲撃のこともある手前、期待というか希望というか、とにかくそういった前向きな思考はできないが。
互いにほんの少し沈黙を保つと、女性が空を見上げて言った。
「ここでは話を聞かれる心配もあるから場所を変えましょうか。少々込み入った話でもあるし」
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