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「俺もお前に質問してもいいか」
「答えられる範囲内であれば答えるわ。何が訊きたいの?」
了承を得たヒューゲルは、女性の腕を指差した。魔法を唱える際に出現する魔法陣に描かれる星や月といった絵柄のような図形ではなく、もっと複雑な、何かの暗号なのではないかと思われる程に幾何学的な紋様が、今見えている範囲内では両腕全体──手首から袖口付近まで──には刻まれていた。
「その刺青、俺の記憶違いでなければレヴィの腕にあるものと同じものだと思うんだが」
訊ねると、女性は一度自分で自分の体を抱く仕草をしたが、やがて降参したかのようにため息にも似た深めの息を吐き出した。
「なんだ、知っていたのね。知ってた上で黙ってたんだ」
「あいつらが気づいていたかどうかはともかくとしても、少なくともあの場でするような話題ではないだろ。
いったい何なんだ、その刺青は」
「悪いけど、残念ながらその質問には答えられないわ。こっちにもいろいろと事情ってものがあるから」
「……そうか。それはすまなかった」
「謝る必要はないでしょうに。
それに、深くは突っ込まないのね」
「言えない事情があるなら無理に聞こうとはしない。話してくれる時で構わない」
「……そう。それなら、いいのだけれど」
女性も女性で彼女らしからぬ歯切れの悪さだった。
「まあいいわ、話はこれで本当に終わりよ。あなたはもう帰りなさい。
明日は初日なんだから、遅刻なんてしたら格好悪いわよ」
「お前に連れ出されたとばかり思っていたんだが……まあいいか。
それじゃあ、先に帰るぞ。お前も風邪を引かないうちに帰れよ」
「言われなくてもそのつもりよ」
女性はヒューゲルから視線を外して、
「もっとも、帰るのはもう少し後になりそうだけれど」
それともう1つ。そう言って、女性はヒューゲルに視線を戻してこう言った。
「“敵”っていうのは、案外身近にいるものよ」
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