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それじゃあな、と背を向けたまま手を振りながら【学生寮】へと帰っていく狼人族の青年を見送り、やがて彼の姿が見えなくなると、水妖精族の女性──ヴェルは深呼吸に近いぐらいの息を吐き出し、そしてまた自分で自分の体を抱いた。
少し肌寒いと感じているのはたしかだが、それとはまったく別の意味で震える。
露わになっている腕や脚だけでなく、ほぼ全身に刻まれている幾何学的な紋様。間接的な原因はこの紋様で、今となっては直接的に自分を縛っている。
束縛といっても生活する上では何の支障もないのだが、思い出すだけで苛立ってくる。
あの青年は指摘してこなかったが、ただ単に気づかなかっただけだろうか。あの彼が。伝説級の英雄の孫であり、伝説級の英雄の息子のそのまた息子である彼が。ありえない。
それとも、そのことも知っていて言ってこないのだろうか。
それはともかく。もちろんそれも気にはなるが、
「さてと」
ヴェルはもう一度小さく息を吐き出した。
それほど気を張る必要があることではないのだが、どうしてか緊張してしまう。
知らず知らずのうちに負い目を感じるようになってしまっていたのだろうか。
「隠れている理由は分からないけれど、もう隠れている必要もないわよ」
「なんだ、気づいていたのですか」
言いながら木陰から出てきた1人の少女。
青色と水色の中間色の髪を頭の後ろでポニーテールのように白色と赤色のストライプリボンで1つに束ね、髪の毛で隠れてはいるが耳はエルフ族と同じく先が尖っているという、氷妖精族の中でも特に珍しい特徴を持つ少女──レイヴィアだった。淡い水色の瞳は笑っていれば美少女だったろうに、細められているために冷たく睨まれているように感じてしまう。
服装も今はワンピースにオーバーオールという一風変わったものになっていたが、ヴェルを見た途端に変わる不貞腐れる表情がそれらすべてを台無しにしてしまっている気がする。
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