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 総司は嬉しそうに近藤に報告する為に出て行く。  早く話したくて、近藤の部屋よりも玄関に近い、一の自室に待ちきれずに立ち寄っただけの事だった。 「人騒がせな奴だ・・・」  そう呟いた一であったが、その表情は喜びに緩んでいた。  人の命を奪うだけの存在に思われがちな男達にしても、新たな命の誕生は喜ばしい。  一は布団をたたみ、部屋の片隅に追いやると、手早く着替えを済ませて、朝稽古の為に道場へと向かう。  其処には、平隊士に稽古をつける平助が居た。  平助はチラリと一を一瞥して、稽古に意識を戻す。  その態度に些か嫌な心地がする。  前までなら、人懐こい笑顔を見せたいたはずなのに、この処の平助からは本来の明るさや快活さと言うものが消えていた。  一はそっと溜息を吐くと、立てかけてあった竹刀を握り、隊士達の前に立つ。 「誰でも良い。順にかかって来い」  一がそのような稽古の付け方をするのは珍しい事だった。  普段は自分との力の差を考え、隊士同士で手合わせさせてその悪い部分を直していくのだ。  突然の一の言い出した事に戸惑いを隠せない隊士達であったが、小川一作が前へと進み出た。 「宜しくお願いします」  潔く前に出たは良いが、身体に力が入り過ぎて構えがぎこちない。  一は苦笑いを漏らすと言う。 「そんなに力むな。今使っているのは真剣では無い。怪我をしても死ぬ事はないぞ」 「はっ、はい」  そう答えたものの、一向に身体から力が抜ける事は無い。  困った物だと一が思って居ると、平助がスルリと一と小川の間合いに入って来る。 「これじゃ話になんないよね。一君、僕と手合わせしてよ」  一は見て学ぶのも大切だと、その提案を受け入れた。  小川に判定を任せ、平助と向き合う。  竹刀の先を突き合わせると、平助からは何とも言えない嫌な気が漂ってくる。  何がしたいのだ?  一手合わせれば、平助が稽古中には珍しく本気でかかって来ているのが分かる。  それはまるで自分の腕前を試されているような心地だった。
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