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総司は娘の誕生を知らせる為、近藤の部屋に来ていた。
朝早い時間ではあったが、嬉しさと昔からの仲だと言う事もあって、遠慮も無しに部屋に上がり込んだのだ。
近藤はと言えば、眠たげに目をしばたたかせ、欠伸を噛み殺していた。
「近藤さん、娘が産まれました。元気な可愛い子です」
「そうか、良かったな総司」
もっと喜んでくれるものと思って居た総司には、近藤の言葉は物足りない物だった。
近藤の胸の内を探ろうと、顔を覗き込むと
「娘ならば、跡目の心配は無いな・・・」
ポツリと呟かれた近藤の言葉が耳に入った。
「近藤さん、跡目の心配って・・・?」
世の中が落ち着き、平穏を取り戻した暁には、近藤は試衛館を総司に継がせるつもりだった。
谷の弟を養子に迎えはしたが、道場主が務まる程の剣の腕は無く。
まして天然理心流を学んだ事も無い、名を近藤周平に改めた昌武に継がせる事は出来ないと思って居た。
そうなれば、跡目を継ぐのは総司しかおらず。
何れ周平に生まれた子に、総司から試衛館を継がせれば良いと考えて居た。
だから、娘ならば跡目を巡り争う心配が無いといったのだった。
「総司、気にするな。何でも無い」
訝しげに思いながらも、総司は前々から考えて居た事を近藤に告げる。
「近藤さん、何れ私は石井秩さんと所帯を持ちたいと思って居ます。
無論、私達の役目が終わった後にですが・・・」
総司が窺うように近藤の顔を見ると、近藤は苦虫を潰したような顔をしていた。
暫くの沈黙の後、近藤からは総司を打ちのめすには十分な言葉が出た。
「俺は許さんぞ」
「どうしてですか!」
総司の悲鳴に近い声が、寒々とした近藤の部屋にこだました。
近藤はこめかみを指で押さえると、総司に幾分冷めた視線を投げかける。
総司にすれば、父とも慕う近藤にそのような視線を向けられ、至極居心地が悪く悲しみが溢れ返って来る。
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