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「総司、お前には試衛館を継いでもらう。
その為にも江戸に戻ったなら、相応の家柄の娘を娶らせるつもりだ。
浜崎さんの娘が悪いと言う訳では無いが、試衛館の道場主の妻となるには物足りん。いいな」
総司は何も言葉が出なかった。試衛館の後を継ぐ事に異論はない。
それこそ小さな頃より世話になった近藤の望みであれば、何なりと聞き入れる覚悟はあった。
しかし、子まで出来た相手との結婚を頭ごなしに反対されるとは思っても居らず、言いようの無い虚しさに囚われるのだった。
そして近藤の言葉に逆らえない自分を何よりも総司は知っていた。
何れ京を離れる時が来たら、秩やゆき、そして血を分けたキョウまでも、此処へ残して行かなくてはならないのかと打ちひしがれた。
だが一方で、近藤ならば自分の意見をいつか聞き入れてくれるのは無いかと、僅かな望みを捨てられない。
また時間を空けて近藤と話し合えば良い、総司はそう思って近藤の部屋を出たのだった。
・・・・・・ 中々上手くはいきませんね。近藤さんが折れてくれる感じが日に日にしないんですよ。
屯所を出る所を見られると、決まって渋い顔をしてますしね。私は、秩さんと娘達と一緒に静かに暮らしたいだけなんですけどね」
昼八つを過ぎようとしているが、師走に入った外は冷たい風が吹き、温かさなど感じる事が出来ない。
何処からともなく土に塗れた枯葉が足元に舞い、刈り取られた田の黄朽葉色が空気に重さを増させる。
そんな中、艶やかな常磐色の椿の葉だけが、目に沁みるように鮮やかな姿を風に揺すられている。
そしてその葉に隠れるように、先端に僅かに紅を纏った小さな蕾が見え隠れしていた。
「惣次郎さん、諦めちゃ駄目だよ。諦めたらそこまでだもん。
秩さんやゆきちゃん、キョウちゃんの為にも、近藤局長を説得しなくちゃ」
黙り込んでいた相生が急に、堰を切ったかのように捲し立てた。
一は、他人事に真剣になれる相生が少しばかり誇らしい気がした。
一も相生と同じように、総司に諦めて欲しくは無い。
例え恩のある相手の言い分だとしても、愛する者を諦めると言うのは納得がいかない。
今の自分達を思えば、出会えた事だけでも夢のような事なのだ。
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