10.*悪事*

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「…俺は、俺たちの作り上げてきた会社が好きだよ。 例え、どんなに不器用で。 どんなに汚くても。 俺はココが好きだ。 ココが俺の居場所」 「……」 親父の前の机を、つー、と指でなぞる。 埃一つないその机のはずなのに、ザラザラした感触を指先に感じた。 反応のない親父の顔を盗み見てふっ、と笑みが漏れる。 厳しい顔して、どこか困惑した表情。 「……嘘だと、思ってるでしょ」 「…あぁ」 「…俺は、嘘はついてないよ」 きっと信じないだろうけど。 心の中でそう呟きながら、まだ机の上にある指先を眺めた。 その指先は、どこか心許なくて頼りなさげに揺れている。 一方親父がついている肘は少しも揺れ動くことがなく、どっしりと構えてあった。 「……愛咲の家は確かに、うちのかなり大きい取引先だよ」 「…」 「俺と結婚したときの利益は相当大きいし、空が抜けた分の埋め合わせにも十分なる」 「……」 「だけど、もっと欲しい物がある。 利益なんかじゃはかりえない人がいる。 だから、結婚はできない」 「……」 沈黙をキープし続けようとする親父。 こうなったら何を言ってももう無駄だから、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。 そして、訝しげな表情をしている親父のつむじを見下ろしながら付け加える。 「考えといて。 俺は、この先ずっとこの気持ちを変える気がないから」 「……。 ガキが、偉そうに」 そういった親父の反応が思ったより悪くなくて、なんとなく上機嫌のまま重いドアを引き外に出た。
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