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きっと、これが最後の親父から俺へ向けての信頼なんだと思う。
いや、信頼と言うよりも、その信頼を試す駆け引きだ。
『俺を、会社を裏切るような男じゃないだろ、お前』って、口に出していなくても伝わるほど強くその思いを感じた。
自分の部屋を出る方向に向かって歩き出す。
ここから出て行けば、警備員がたくさん待っているに違いない。
俺と愛咲を結婚させようと躍起になっている親父のことだ。
念には念を重ねているだろう。
でも、それでも駄目なんだ。
例え、世界中のすべての人がこの恋に反対したとしても諦めることなんかできるわけがない。
あのぬくもりを知ってしまったら後戻りはもうできない。
窓から強い風が入り込んできて、寝癖のある俺の髪を揺らした。
その風に流されるようにしてハンガーにかかっていたタキシードが床に落ちる。
その横にあった薔薇の花の花弁が一枚、彩るようにしてその上にひらりと舞い降りた。
「………」
その光景に背を向けて、ガチャリとドアノブを回す。
ギーッと、ドアクローザーが軋んで音を立てた。
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