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「………」
杏奈先輩がいなくなったその場所に静かな沈黙が舞い降りる。
あたしは芝生の上に体育座りをしながら自分の携帯だけを握りしめていた。
強く吹く風が周りの木々を揺らして、それがざわめく音しかあたしの耳には届かない。
だけど感じるのは沈黙だからこそくるこの緊張。
スーハーと深呼吸をしていると、ふいに人の来る気配がして慌てて物陰に隠れた。
「……愛咲も結婚するような年になったんだな」
「………」
愛咲、という言葉に反応して、息を潜めながらそっとその人影を見る。
そこにいたのは真っ白なウェデイングドレス姿を身に纏った、いつもより数倍キレイな愛咲ちゃんと、見知らぬ黒のタキシードを着た男の人だった。
たぶん愛咲ちゃんのお父さんだろう。
「……愛咲?どうした?」
ずっと沈黙の愛咲ちゃんを心配になったのだろう。
お父さんが不安そうな声をあげる。
それに愛咲ちゃんが緩く首を横に振った。
「うぅん、いいの。何でもないよ」
「何だ、マリッジブルーか?」
「……そうだったら、いいんだけど」
ふと、芝生の地面に伏せた愛咲ちゃんの目は花嫁さんには見えないほど暗く見えた。
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