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「ここで泣いたらかっこ悪いですよ、略奪犯さん」
「わ、分かってます…っ」
飯島くんがこんな状況でも意地悪く笑うから、ズッと鼻を啜りながらも言い返す。
すごく不格好になってしまったあたしの姿に飯島くんはクスクス笑いながら、あたしの手をぎゅっと握った。
「……じゃあ、行くよ?」
「えっ?」
「早く逃げないと。
この状況でのんびりしてるわけにもいかないからね」
「えっ、あのっ……」
あたしの言葉が言い終わらないうちに飯島くんがタキシードの裾をふわりと揺らして、重い扉の向こうへ飛びだした。
ぎゅっと握った手があたしを誘(いざな)うように外へ連れ出す。
背中からおもしろ半分、苦情半分のようなざわめきが追いかけてきたけど、飯島くんはそんなの気にもとめなかった。
いやむしろ、楽しんでいる。
飯島くんの表情、まるで悪戯に成功した子供みたいだ。
くしゃっと目尻に皺を作って笑う顔が、あどけない。
いつもみたいな優しい微笑みでも、大人みたいな作り笑顔でもなくて、本物の笑顔だった。
「……風花、ありがと」
数歩前を走る飯島くんがそう言ってあたしを振り返る。
太陽を背にして、笑う顔が今まで見たこともないほど輝いて見えた。
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