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「……い、いきなりハードル高くないですか?」
「そう?全然じゃない?
ほら呼ぶだけだから。海って」
「い、いきなり呼び捨てはさすがにっ……!」
ぶんぶんと首を横に振ってそのすすめを拒否すると飯島くんは若干不満そうに顔をしかめた。
「なんで?
俺、基本ね。自分が好きな人にしか『海』とは呼ばせないんだよ」
「えっ…、そうなんですか?」
「うん。
世界中で俺を海って呼べるのは今のトコ、杏奈と空だけだよ。
……あぁ、あと、あんた」
飯島くんは目だけであたしを見上げて、左手の人差指であたしを指さす。
まるで飯島くんの『特別な人』の枠の中に入れて貰えたような気がした。
「……う、海」
ちょっと強ばった身体で、でも飯島くんの方に身体を向けて呼んでみる。
相変わらずあたしの肩に頭を乗せたままの飯島くんが、ふっと少しだけ笑ったあと、この上なく優しい笑みを見せた。
「……もっと」
「う、海」
「……うん、いーね、響き。
好きだわ、その抑揚」
飯島くんがあたしの肩の上でゆっくりと目を閉じる。
電車の少し開いた窓から吹き込んできた風が、彼の柔らかな髪を揺らした。
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