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「痛、痛─あ、あの人針あごにひっかけちゃったよ」
いつもより強く顎をひっぱるしぐさをしたのは、にじみ出て止まらない涙を隠すためだった。
「は、針なんかいるか─あ、あの人針とちゃたよ。─さ、さ来い」
そしてとうとう噺がかすれるほど泣きたくなった。頬には涙がはっきりと筋を描いた。
その時、目の前に座ったままの晴坊─正確には晴に見えていた墓石─から、声が聞こえた気がした。
『あ、兄さんが泣いてる』
気のせいだとははっきりわかった。わかったけど、気のせいにしたくないから涙を腕でぬぐいながら空を見た。
雲が少しだけ浮かぶ、綺麗な青空。
「ば、ばがやろう、違うよ。これは目から雨が降っただけだ。きっと何処かで師匠が落語をやってるんだ」
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