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しばらく鳴き続けていると、家の門を開ける音が聞こえた。そして息子が虫取り網を抱えて帰宅してきた。どこに行ってきたのか泥だらけである。今すぐにでも風呂に入れてやりたいほどに。
息子は私が忙しく鳴く五月蝿い声に気づいたらしく、声の主を探すように木の周りをぐるぐると廻った。そしてついに私を見つけたらしく、声を上げ、虫取り網を構え、私に振りかぶした。
私は虫かごに入れられ、そのまま家に中に連れて行かれた。懐かしい玄関をあっと言う間にすぎ、息子の部屋に入る。
息子は虫かごを勉強机に置き、ノートを取り出して、虫かごにいる私を観察し始めた。
絵日記か、または自由研究か、息子はただ一匹、私だけが監獄された虫かごをまじまじとノートに書き写していた。
夜になった。息子の部屋の先にはリビングがある。家族三人の声が聞こえてきた。どうやら今日、ようやく蝉を捕まえたとかで喜ぶ息子の声が聞こえる。娘は虫が大の苦手で、息子が話す蝉の話わ嫌がっている。妻は、そんな二人をみて、優しく声を掛けていた。
「蝉を捕まえたから、明日お父さんの仏壇の前に置いて自慢するんだ」
「やめてよおにいちゃん。もう虫のお話はイヤ」
「そう、きっとお父さんびっくりするかもね。翔太が一人で捕まえたんだぞと言ったら」
私は泣きながら声を上げていた。困ったことに泣いてもこの声は変わらないようだ。家族は五月蝿いと思っているのだろうか、昔の私みたいに、泣き虫な蝉だと思っているのだろうか?どっちにしろ、私には解らない。
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