1人が本棚に入れています
本棚に追加
斉藤さんは元男性の人間で、神奈川県に住んでいて、作家をやっていたらしい。死因は連載の締め切りやプレッシャーによる重圧からの自殺で、ニュースにもなっていたらしい。私が死んでしまった翌日のことなので、そのニュースを見ることが出来なかったが、朝比奈さんがニュースを見ていたと言って、斉藤さんは「なんだ、僕でも死んだらニュースになるのか」と感慨深く頷いていた。
「しかし、私達は不幸ですね。生まれ変わった初日に捕獲されてしまうとは、この虫かごも監獄な思えます」
「監獄か、桂木さん。面白い感性してますね、貴方が作家だったら夜まで討論出来たかもしれない」
「実際待合室で長話ししたではないですか。斉藤さんの話は聞いてて飽きませんでしたよ。作家の世界は色鮮やかだと思っていたのですが、そうではないと知った時の衝撃ときたら」
「印税なんて正直使えませんよ。次から次へと仕事が入ってくるんですもの。休日なんて病に倒れた時だけです」
斉藤さんと話していると、少年の動きが止まった。なんだと思って少年を見ると、また虫を見つけたようで虫取り網を構えている。
「しめたぞ桂木さん。脱獄の好機だ」
「好機?」
「いい時期ということです。あの少年が新たに虫をかごに入れようとした瞬間、外に飛び出すのです」
「なるほど、あの少年はあまり虫捕り経験がないと見える。脱獄の好機はこれで最期かもしれないですからね」
少年が新たに虫を入れようとかごの蓋を開けた。その瞬間、私と斉藤さんは一斉に飛び出した。出口が口の多きい四角なので、二匹とも同時に逃げ出すことが出来た。少年はあんぐりと口を開け、空を見上げている。
斉藤さんとしばらく並行して飛んでいると、斉藤さんが話しかけてきた。
「桂木さん、僕はここで失礼いたします。親の顔でも最期に見てきます」
「分かりました。私も家族の顔を見てきますよ」
お気をつけて、と互いに言い、私達は別々の方角に飛んでいった。
最初のコメントを投稿しよう!