むかち貴金属店の涙

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 彼女はそう言うと、わあ、だの、すごい、だのと言いながら、店の周りをくるくると回る。特に、店の上に掛けられたやや黄ばんだ看板をしげしげと眺め、それが右から読むということに気がつくと、手を叩いて喜んだ。その様子のいちいちが可憐で、まるで映画のワンシーンのようだった。 「どうしました?」  店先での騒ぎを聞きつけたのだろう、中から店長の声が聞こえる。店長は扉をがたぴし言わせると、ぼさぼさの頭を左手で掻きながら外に出てくる。相変わらず、ワイシャツに茶を基調としたウェストコート、ふくらはぎのあたりが広がった麻製のズボンは七分あたりで縛られ、サスペンダーで吊っている。そして、紺と赤のチェック柄をした蝶ネクタイが、今日も目立っていた。 「まあ」  彼女は再び驚きの声を挙げ、目を見張る。無理も無い、今時こんな姿を普段からしている人はそうはいないのだから。現に彼女は、もう一度まあ、と口にし、 「今からどこかでパーティーですか?」と、店長に問いかけた。
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