むかち貴金属店の涙

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「はい、お願いです。どうか」 「そ、その前に、あなたはどなたでしょう?」  店長が尋ねると、彼女はぱっと、手を離し、 「申し遅れました、わたくし、足助手毬と申します」と、深く頭を下げる。その動きのいちいちがてきぱきとし、厳しい躾を受けてきているのであろう事を覗わせた。 「足助? もしかして、丘の上にある」 「はい、そこはわたくしの家です」  その応えに私はたまげてしまった。丘の上の足助様と言えば、このあたりでも有数のお金持ちだ。この界隈一帯の土地を持ち、一年間の家賃収入だけでも一家四人が一生暮らす事ができると言われるくらいで、この町には足助に足を向けて寝られる者は居ない、というのがこの近辺での合い言葉のような物だった。ということは、彼女はその家のお嬢様と言うことになる。風の噂で、妙齢のお嬢様がいるという話を聞いたことがあったが、その噂の元を目にするのは初めてだった。
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