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「そんな、よかったのですか?」  店長が心配そうに尋ねる。当然、婚約者を放置したことに対してだろう。私も気になったので、大きく頷いておく。足助手毬に代議士の息子である黒沢篤志という婚約者がいることは有名な話だった。彼女が子供の頃からすでに決まっていたらしく、議員生活三十年近くを数える黒沢敦夫にとって、この婚約は大きな力となっていた。というのも、足助家の力が殊この地方においては議員以上の物となっているからだ。そのため、黒沢敦夫はこの婚約を維持することに躍起になっているという話だった。  というのも、黒沢篤志の評判はあまりよくは無かったからだ。父の権力を笠に着、泣かされた人物は数知れないという。特に女性にはだらしなく、女の敵だという噂だった。このような人物に、掌中の珠である手毬を嫁がせると言うことに対し、足助家の中でもいろいろな確執があるらしい。しかし、足助家の現当主、つまり足助手毬の祖父である足助房助と、黒沢篤志の祖母である黒沢光子との間に昔に交わされた約束、(その詳細がどのような物であるのかは私は知らない)のために反故にすることができない、ということだったが、それでも、黒沢敦夫にとってはいつ破談にされてもおかしくない息子の行状は気が気でないのだろう。
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