【14】ガソリンスタンドと金物店

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何度目かの信号を見届け、 車はようやく交差点の近くまで進んでまた止まった。 ブレーキに足をかけたまま、 背中をシートにもたれかけると 小さく息を吐いて両手をハンドルから離した。 見飽きた信号からも目を離し、変わり映えのしない景色をぼーっと見つめた。 すると。 ひとりのおじさんが目の前を歩いて横切った。 あ…このおじさん…。 たまに目にするこのおじさんは、交差点の角にあるガソリンスタンドの経営者。 『木村石油』と書かれたそのスタンドは個人経営らしい小さなもので給油機もひとつしかなかった。 道を挟んだ向かい側には、 『木村金物店』と書かれた大きな看板が掲げてある金物屋もあって その裏には、昔ながらの瓦屋根の家が建っている。 おじさんはそちらのほうから歩いて出てきて、 渋滞している車を横目にするりと道を渡りきると、スタンドの端に置いてある長いホースを慣れた手つきで広げて、コンクリートに向かって水をまくのである。 彼はほぼ毎日これを繰り返す。 乾いたコンクリートは少しずつ色を変える。 今まで何度となく見てきたその光景。 向かい側の金物店に目を向けると、 そこはずいぶん前にたたんだのか、 透明であったはずのガラス張りの入り口は、白い埃で覆われて、どこか閑散とした雰囲気を漂わせていた。 『木村金物店』と書かれた大きな看板も時間の流れを感じさせるほど色褪せていて、剥げたペンキの部分からは茶色の錆が見える。 かろうじて中の様子が見えるが、 無造作に並べられた鉄製の陳列棚から 金物屋らしい銀色めいた金具やボルト、ビスのようなものが見えた。 そのほかにもいろいろなものが 乱雑に置かれていているが、どれも埃を被っていてそれがなんなのかは目視では見当もつかない。
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