44人が本棚に入れています
本棚に追加
タクシー運転手は慣れたハンドルさばきで狭い道でも器用に運転する。
角を曲がる度にウィンカーの音だけがやたらと車内に響く。
外へ視線を移しても辺り一面暗闇で、所々に佇む街灯だけがその場を煌々と照らしている。
「うちもですねぇ、奥さんは今を楽しんでますよぉ。うちは子どもが二人いるんですけど、もう成人しまして。親の手を離れたもんで毎月どこかしら旅行に行ってます。」
急にタクシー運転手は、自分の妻のことを話し出した。
「…へぇ、そうですか。」
「僕はいつも仕事で家を空けることが多かったので、子どものことや家のことは全部彼女に任せきりだったんです。その間、ずっと家を守ってくれて。」
タクシー運転手は柔らかな口調で話す。
「…そうなんですね」
「だからその分、今彼女に自分のやりたいことをめいっぱいやってもらいたいんです。」
ハハハっとタクシー運転手は、笑った。
ついさっきまでママ友と話していたのは夫婦のことや家族のことについてだったこともあり、このタクシー運転手の話は幾分興味をそそるものだった。
「…旅行は一緒に行かれるんですか?」
「いいやぁ、僕は行きませんよ。僕は旅行には興味がなくて…。彼女が居ないときは専らゴルフの打ちっ放しに行きますね。」
「…そうですか。てっきり一緒に行くのかと思いました…」
「あはは。趣味が違うもの同士が無理に行ったって相手に気を使わせるだけですし、楽しめないでしょう?彼女は同じ旅行が好きな友人と行くんです。」
「…でも、そうやって運転手さんが理解してあげてるところがすごいですね。なんか奥さんが羨ましいです。」
シートに預けていたはずの体はいつの間にか運転手の話が聞こえるように前屈みになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!