【18】やのけん?!

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   彼は私の助手席に乗り込んだ。  その時間僅か十秒ほどの間で私の脳裏をよぎったのは、翌日の新聞に自分の名前が載るんじゃないだろうかということと、もしナイフを突きつけられたとしたらあのテレビドラマでよく見るお馴染みの光景、『キャァーーー!』っていう甲高い声が出るんだろうかということだった…  心臓はかなりバクバクしている。  彼をおそるおそる横目で見る…  隣に乗った彼は、両手をきっちり膝の上にのせ相変わらず情けない顔で何度もこちらを見て頭を下げた。  「ほんっとすみません…道を覚えられない僕が悪いのに…今度はちゃんと覚えますから!」  「あぁ…はい。じゃあ行きますよ。」  乗った後も彼の態度が変わらなかったことにようやく少し安堵して、車を発車させた。  そして車が動き出すとすぐ彼は急に自分のことをいろいろと話し出した。  「実は僕、バツイチなんです…なんで子どもの試合もこっそり見に行く予定なんです…」  「……そうですか」  「ってゆうか、ほんとこんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさい。あなたは本当にいい人ですね。よかった、声を掛けたのがあなたのような人で…」    いい人かぁ……  私は十分困ってんだけどな。  なんかもう、返す言葉が浮かんでこないわ…  「あのー、学生さんですよね?」  「はぁ?!」  「…大学の帰りとかじゃなかったんですか?」  ンな馬鹿な!何を言ってんの。  「いや私、普通の主婦ですけど…」     「ええええっ!!!!嘘でしょ?僕はてっきり学生さんとばかり。でも二十代ですよね?」  ああ?もうやめて、質問攻撃。私ね、普段あんま喋んないんだよね…  心の中で盛大に溜め息を吐いた。  「…二十代じゃないですよ、もう三十越えてますから。普通の主婦です、子どももいますし。今日は仕事帰りだったんです。」  「うわぁ……なんかほんとすみません!ご家族がいるのに僕のせいでこんなことに巻き込んじゃって。それにしても全然そんな風に見えないです!子どもがいるんですかぁ…はぁー…」   はぁー…って。こっちがはぁーだよ。    喋るのめんどくさいけど、なんか喋んなきゃいけないのかな。なに話せばいいの、こんなとき…  
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