【19】追われる男

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 この日も話題のドラマの話で皆盛り上がっていた。  人より二倍の声量を持つ岩本さんが笑うとたまに壁が突き抜けるのではないかと思う。  そんな和やかな雰囲気の中、突然ガチャガチャと音を立てて打ち合わせ室の扉が開いた。  一斉にそちらに視線が集まる。  ドアの前には足立さんの姿があった。 「皆さん、お食事中すみません。今営業回りから帰ってきたんですけど、よかったらこれどうぞ。」  手に持っていたコンビニのビニール袋を一番近くにいた澤田さんに渡した。  中にはキャンディーが二袋入っていた。 「「ありがとうございます」」  みんなでお礼を言うと、彼はにっこり笑って自分の営業事務所へ戻って行った。  当然──  さっきまでのドラマの話から一瞬にして足立さんへの話題に変わる。  実はこれが初めてではないのだ。  彼は営業から帰ってくると必ずと言っていいほど買ってきたキャンディーを女子社員へ渡すのだ。  ふたつのうち、ひとつは毎回違うキャンディーなのだが。  何故かもうひとつは決まって『はちみつきんかんのど飴』だった。  袋を開けて、澤田さんはきっちり人数分に振り分けて配っていく。 「足立さんって優しいよねぇ。他の営業マンはこんなことしないもんね」  みんな納得するように頷く。  よく女性社員のデスクに置いてある飴玉入れのケースから勝手にキャンディーを取っていく男性はいるが、逆のパターンは今までなかった。  仕事もできるし、女性への心配りも忘れない。  こうやって仲良くランチタイムを過ごしているが、きっと本気で足立さんを狙っている女子社員もいるだろう。
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