【19】追われる男

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 ある日の午後のことだった。 「これはどういうことなんですか?」  突然、事務所に張りつめた声が響き渡った。  何事か、と声がしたほうへ視線を向けると壁に設置してあるホワイトボードの前で眉間に皺を寄せて立つ足立さんの姿があった。  今から営業に出るのだろう。  ビジネスバッグを持ち、折り曲げた肘にはスーツのジャケットを掛けている。  しかしボードの前には彼以外誰もいない…。  誰かと口論というわけでもなさそうだが、いったいどうしたというのだろう。  怒りの矛先はどうやらこの事務所に向けられているようだ。  『優しい男性』のイメージを固めつつあった彼が、ほぼ女性で占めるこの事務所内で萎縮してしまいそうなほどの目つきを放っている。  「私は今からお客さんと会う約束をしているんです。なのに予約していた車のキーがありません!」  彼は厳しい視線のままホワイトボードに指先をあてた。  確かにボードには、 ──────────────  社用車No.3    PM2:00~4:00 足立使用 ──────────────  と、書かれている。    ホワイトボードの下にはすべての社用車キーがホックに掛けて並べてあるのだが、そこにNo.3のキーが掛かっていない。
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