【19】追われる男

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 顧客との商談を終えて帰社した足立さんの表情は晴れやかなものだった。  うまく話が纏まったのだろう。  数時間前にここで声を荒げたことなどまるで気に留める様子もなく、いつものようにキャンディーの入った袋を差し出す。 「みなさんで食べてください」  たまたま受け取った隣の先輩の顔が強張って見えたのはきっと気のせいではない。  たった一度の行動で人に与える印象は180℃変わってしまうこともあるのだから、不思議だ。  だれもが、いつでも一貫性を持って行動しているわけではないけれど、たいていの人は行動にある程度の一貫性が見られるものだ。  しかし、ある日突然まったく予想し得なかった言動を目の当たりにすると、それはより鮮明に強烈なイメージとして頭の中にインプットされてしまう。  涼しい顔でホワイトボードに鍵を返しに行く足立さん。  その後ろ姿を目で追うと、何人もの社員が同じように彼を視線で追っているのが分かり思わず苦笑する。  彼はこの後、なにか言うだろうか。
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