【19】追われる男

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「さっきは大きな声を出してすみませんでした」とか、 「別の車を準備してもらってありがとうございました」とか。  しかしそんな言葉は彼の中では皆無だったようで、事務所を出る前に言った一言は余計に場をしらけさせるものだった。 『今後はこのようなことがないように気をつけてくださいね』  飛びきりの営業スマイル付き。  これはさすがに減ったね、  足立ファン…。  周りを気遣う様子もなく事務所を去っていったことから、すべてがなにか上辺だけで塗り固められた道化師のような印象を頭の中に残した。  キャンディーを配り終え、空になった袋を見ながら先輩が不思議そうに頭を傾げる。 「ねえ、なんでさ。はちみつ金柑のど飴なんだろ」 「…さあ」  最近はのど飴の種類も豊富だ。  でも決まって買ってくるのは、コレ。 「今度訊いてみたらどうです?」  なんて冗談の言葉でも掛けようと思っていたら。 「ねね、これ応募してみない?」  すでに話の矛先は変わっていて、先輩は袋の裏側を指さしてにんまりと笑っていた。 「″毎月500名様にぶるぶるはちきんクッション当たります″、だって!」  …懸賞品、かあ。  こういうのって当たるのかな。 「どうぞ、応募していいですよ」 「そう?じゃあ、さっそく書いちゃおっ」  先輩は顧客用として準備してあったお正月の年賀ハガキの余りをデスクから取り出し、スラスラとペンを走らせる。  さ、仕事しなくちゃ。  ふーっと一度大きく息をついてパソコン画面へ視線を戻した。
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