【19】追われる男

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     就業時間が始まっても、事務所内はとても仕事に取りかかれるような雰囲気ではなかった。  異様な空気に包まれたまましばらく様子を伺っていると、一本の外線が鳴り響いた。    「はい、○○会社です」  私は何も考えずにこの電話をとってしまったことを、すぐに後悔することになる。  通常であればベンダーや客先からの電話が大半を占めるのだが、受話器の向こう側の見えない相手がそのどちらでもないことは次の言葉で明白だった。  「おい、足立出せや」  え?………。    一瞬にして固まってしまった。    もしかしてだけどー  もしかしてだけどー  なんて歌う余裕はもちろんない。  「おい、聞いてんのかコラァ」  「…はい。きっ…聞いてます。あ…あいにく足立は本日まだ出勤してきておりません。失礼ですが……」    どちら様ですか?  と、続けて訊けなかったのは私がノミの心臓だからである。
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