【20】あご八

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そうだ、弓子に聞いてみよう。 そもそもなぜ今日このあご八の弁当を買ってきたのだろう。 新しいもの好きの弓子がまさかこの弁当を買ってくるなんて思ってもみなかった。 何か知っているのかもしれない。 先に食べ終えていた弓子は半年前に産まれたばかりの愛娘をあやしながら、庭から見える景色を眺めている。 リビングからの景色は私も好きだ。 目の前に遮る建物がなく少し遠くを緑に囲まれた中、時折赤い電車が通る。 朝の静かな時間に熱い珈琲を淹れて、読書傍らその風景を眺めるのが私の至福の瞬間であったりする。 弓子が抱き抱えたまま愛娘の鼻をつつくと、小さな口が小さな弧を描く。 そんな我が子を見てクスクス笑っている。 「ねえ、あご八ってどんな店?」 幸せそうに笑う弓子に尋ねる。 「どんな店って。とんかつ屋じゃない」 今食べたばかりなのになに言ってるの、と言わんばかりの表情だ。 「それは分かってるんだけど」 「あんた、また妙なことばかり考えてるんでしょ」 図星で返す言葉も見つからないが、やっぱり知りたい。 「だって弓子があの店の弁当を買ってくるとは思わなかったから。途中にお店は他にもたくさんあるじゃん」 「そうねぇ。なんでかしら。自然と足が向いたのよ」 自然とって…。 「一度行ってみれば?」 外の景色からこちらに体を向け直した弓子はゆっくりソファーに腰をおろしながら最後にこう付け加えた。 「ふふ。おもしろいものが見れるわよ」
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