【20】あご八

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「はい、いらっしゃい」 厨房からひょこっと顔を出したのは白い割烹着姿の女性。 少し腰の曲がったおばあちゃんだった。 その奥には白髪頭の男性がいる。 彼もまた白い割烹着姿で、背を向けたまま黙々と無言でカツを揚げていた。 他に従業員らしい人は見当たらない。 もしかして…ご夫婦、なのかな。 いったい何歳なんだろう。 どう見ても二人とも七十、いや八十歳くらいの年齢に見える。 おばあちゃんはしわしわの笑顔で私を見上げ注文を待っている。 「あの…とんかつ弁当をひとつ」 すると、コクンと小さく頷くと顔だけ後ろに向けて。 「じじい!!とんかつ弁当いっちょ!」 張りのある声でオーダーを伝えた。 じ…じじいって…。 元気なおばあちゃんだなぁ。 一方、厨房の油の前から微動だにぜずじっとカツだけに集中しているご主人は、チラッとこっちを一瞬見ただけでその後、 「おう」 と短く返事をした。 お、怒ってないよね…? 先に注文を受けた男性客のとんかつを手際よく、とは言えないが一生懸命発泡性の容器に詰めるおばあちゃん。 少し手が震えている。 見ていると、つい『手伝いましょうか』なんて声をかけてしまいそうになる。
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