【20】あご八

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おばあちゃんから弁当を受け取った男性は、 「ありがとう、また!」 そう言って軽く手を振って店を後にした。 そのしぐさからきっと常連客なんだろう。 おばあちゃんは丁寧に「ありがとうございました」と言って深く頭を下げている。 そしてそのままもう一人待たせている男性客のほうへ体を向け直し、こう言った。 「待たせてごめんね、今じじいが頑張ってカツ揚げてるから」 「ははっ。いいって、いいって」 男性は笑って答えた。 「ほら。じじい!お客さん待ってるんだから急いで」 おばあちゃんのそんな態度にもご主人はやはり顔色ひとつ変えず、また「おう」とだけ答えて一切カツから目を離さない。 それにしても『じじい』ってあんまりだよな…。いつもそう呼んでいるのだろうか。 昔の人ほど夫婦関係はご主人が亭主関白なイメージがある。 それにここは店であってしかも客の前だ。普通は『じじい』なんて呼び方はしないだろう。 弓子が言っていたおもしろいものが見れるとは、このことなのだろうか。 でも不思議だ。 だからと言って二人の仲が悪いようには見えないから。 それはきっと、そんな呼び方で呼びながらもおばあちゃんが常にご主人に笑顔を向けているからなのかもしれない。 しばらくそんな二人のやりとりを見ているとだんだん可笑しくなってきて『じじい』という言葉が出るたびについプッと笑ってしまう。
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