【20】あご八

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「あんた初めてきた?」 突然、男性客に話しかけられた。 「…あ、はい」 「じじいなんか言うからびっくりしただろ?あれ、怒ってるんじゃないから。いつもの光景。何十年もずっとこんな感じ」 「そうなんですか」 腕組みをして、せっせと動くおばあちゃんに視線を向けたまま話す男性。 「おれぁ、ここの近所に住んでて昔からよく来てるんだ。ここの弁当が好きでさ。なあ!ばあちゃん!」 笑いながら厨房にいるおばあちゃんに声をかける。 弁当を詰めながら少し顔をあげたおばあちゃんは、 「いつもありがとね」 そう言って顔一杯に皺を寄せて笑う。 「いやぁ、俺にとっちゃばあちゃんはおふくろのようなもんだからな。あ、俺ね早くにおふくろ亡くしたから」 最後の言葉は私に向けて言った。 私が小さく笑うと、 「元気な声で『じじい』って呼んでる姿見るとなんか安心すんだよな。思わず笑っちゃうし」 聞こえているのか聞こえていないのか分からないが、おばあちゃんは容器からはみ出したキャベツを無理やり押し込んで蓋をすると「待たせたね」と言って袋に入れて弁当を男性客に差し出す。 「さんきゅ。また来るよ」 お勘定をして店を出る瞬間振り向き様に、 「ずっと通ってるのにさ、最後は必ず丁寧に頭を下げるんだ。見てて」 男性が言った通りおばあちゃんは深々と「ありがとうございました」と頭を下げた。
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