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男性の後ろ姿を見送り、
頭をあげたおばあちゃんは、また背を向けてせっせと仕事に戻る。
誰かが何かの想いを持って此処に来ているなんて考えもしなかった。
何十年という歳月の中で、壁に染み込んだ油の匂いとともに此処で日々繰り返されてきた夫婦ふたりの仕事ぶりは、知らない誰かの大切な場所としてその時間に刻まれている。
そしてその時間は、夫婦ふたりにとってもかけがえのない人生の一部であることに変わりはないだろう。
簡単に食べたいものが食べられる時代。
待たずにすぐお腹を満たすことのできる時代。
利便性を追求した時代の代償に、人々の心を満たす豊かな時間はどれだけ減ったのだろうか。
有り難い、と。
そう思える時間は現代の私たちには無意味な世の中でしかなくなってしまったのだろうか。
これからも。
もっともっと、世の中は便利になって。
見上げる建物はどんどん増えて。
気づけば足下に咲く花さえ踏み潰して。
小さなお店はその影を無くしていって。
そこにあった人々の笑顔は
この先何処に向かうのだろう。
『仕方がない』
言葉にするには簡単で。
無くなるものは要らないもの。
そう認識されてしまう時代の中で自分たちは生きているのだ。
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