【20】あご八

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目の前にはようやく私の弁当を詰めるおばあちゃんがいる。 此処に来てから十五分以上は経ったような気がするが。 それでも待つのが苦にならないのはこの店の雰囲気とおばあちゃんの人柄のせいだろうか。 けして店の外観も、そして店内も。 とても綺麗とは言い難いけれど、白の割烹着姿は染みもなく清々しい印象を与える。 ちょうどタレを容器に入れ始めたのを見て思わず声をかけた。 「すみません、そのタレなんですけど…手作りですか?」 おばあちゃんは手を止めた。 「そうよ。ここで作ってる秘伝のタレ。もう何十年も変わらないやり方で作ってるの。ここにしかない自慢のタレなの、ふふっ」 此処にしかない自慢のタレか… 「あなたも待たせてごめんね」 「いえ、大丈夫です」 笑いながら話すおばあちゃんの言葉を訊いて、ふと昔の記憶が蘇る。 今は無くなってしまったけれど、昔実家の近所に豆腐屋があった。 冬になると膝が痛むばあちゃんによく牛乳配達の手伝いを頼まれ、寒くて眠くて暖かい布団の中から出るのが嫌で嫌で仕方なかったけれど、しぶしぶ着いて行って手伝いをした。 『ご褒美だよ』 そう言って仕事を終えた空気の冷たいまだ陽の上りだしたばかりの夜明けに、豆腐屋のひろうすを買ってくれるのだ。 (※ひろうす=がんもどき) ひじきや人参などの入った揚げたてのそれはふわふわと白い湯気を出して。 ハフハフ言いながら空っぽの胃に入れると、身体の芯から温まったものだ。
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