【13】阿部くん

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しばらく歩き進むと、後ろからいくつかの足音が聞こえた。 少しずつその足音は大きくなって、狭い歩道で自分は邪魔かもしれないと思い、少し振り返りながら端へと避けた。 すると、 「あ、イノさん!」 私に声をかけたのは同じ会社の寺村さんという人。そして、その隣にいたのは阿部くんだった。 「あれ?二次会行かないの?」 「えぇ、今日はちょっと。」 「寺村さんは?」 「ああ、俺も今日は帰るんだ」 「そうなんですね」 少し会話をしたあと、寺村さんは私の少し前を歩きだした。 そのせいで自然と阿部くんと隣り合わせになる。 チラッと彼のほうを見て。 「今日、カラオケがんばってたね」 そう、声をかけると少し恥ずかしそうな顔をして軽く頭をさげた。 「だいぶお酒飲んだんじゃない?」 彼のあのステージを思い出して、そう言った。 すると彼が発した言葉は、またも意外なものだった。 「あぁ、僕お酒飲めないんです…」 「へぇっ?」 「少しくらい飲めたらいいんですけど、まったくダメで…」   彼はお酒を飲んでいなかった。 と言うことは、彼は素面であのステージに上がり、あんなにも陽気にゴールデンボンバーを歌ったというのか。 「あ…阿部くんて、案外アグレッシブなんだね…」 「ハハっ、いや…まぁ…」 彼は少しはにかんだ笑顔で顔を落とした。 「これから二次会行くの?」 「いや、僕はこのあと友達と待ち合わせしてて。」 「そうなんだ、楽しんできてね」 「はい。」 その後も寺村さんも交えていろんな話をしながら歩いた。 街の中心部まで行くと、それぞれお疲れさまでしたと最後の会話をすませてそれぞれ別の方向へ散らばった。
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