嗅覚のキオク

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彼とは何度かその後も会った。 けれど、その香りほど惹きつけるものはなかった。 匂いが好きだなんて理由で何度も会うものじゃない。 彼からしたら、もしかしたらもっと普通の付き合いがしたかったのかもしれない。 けれど匂いで引きつけられてしまった私はそれ以上の感情は持つ事が出来なかった。 本能的なもの以外は何も。 だから彼と同じ香水の匂いを嗅ぐと想いだす。 野心的だったあの頃。 節操のなかった自分の幼い衝動に心が痛む。 今だって微妙に匂いフェチだ。 でもそれは彼だからこそ、その匂いが好きだと感じる。 今ならきっとあんな過ちは繰り返さない。 過ちと思うか教訓と思うか、そこは考え方次第だけれど。 「どうした?」 「あ、ごめんなさい。ちょっと昔の事思い出していたの」 「昔の男だったら、妬けるね」 そう言って笑うあなたの腕に寄り添い、そっと彼の香りを堪能する。 「ううん、あなたが妬くような事なんて何もないわ」 だって、今こんなにも貴方の腕の中で幸せを感じているから。 過去の想い出というより、ただの記憶にしか過ぎない。 私が若かった頃のちょっとした嗅覚の記憶。 END
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