嗅覚のキオク

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支度を終えて下に降りていくとエントランスに彼が佇んでいた。 今回のプロジェクトは私が今まで携わってきた仕事の中で一番の大きなものだった。 女だからという甘えなんてもってのほか。 失敗は許されない。 そんな私の肩肘張った考えをほぐしてくれたのが彼だった。 今まで何度彼を誘おうと思っただろう。 でもその度にプロジェクトの途中で気まずくなる事は仕事に支障をきたすと自分に言い聞かせてきた。 だから今日は絶好のチャンスだった。 「すみません、おまたせして」 「いえ、まだ5分しか経ってませんよ?」 そう言って彼は微笑んだ。 仕立てのいいスーツ。 微笑んだ時に見える八重歯。それが彼を少しだけ幼く見せる。 だけどなにより私の心をとらえて離さないのは…… 彼からほのかに発せられるその香り。 シトラスでもムスクでもマリンでもない。 彼の落ち着いた雰囲気と、でも時折見せる少年のような笑顔。 それをまさに表しているような…… 大人と少年の間を見事に行き来している彼の魅力をさらに引き立てていた。
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