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引き止められないように、歩調を早めたつもりだった。
けれど。
「…恵美っ!」
ほんの僅かに通り過ぎただけで、たやすく手首を掴まれて。
振り向いた翔吾君の顔は、泣き出しそうだった。
振りほどきはしないけれど、引き寄せられそうになるのを踏ん張って、身体を引いて距離を取る。
「ご、ごめん!わがまま言って困らせてるのは、わかってたんだけど…あの…」
焦って言葉を紡ぐ、翔吾君を視界の端に捉えて、また足元へと視線を落とす。
掴まれた、手首が痛い。
「私、お互いに仕事に支障が出たりしてないか、心配なの。毎日会えば、疲れも溜まるしミスも増えるから…だから」
「うん、ごめん」
ほんとに、そう思ってる?
私が怒ったから、慌てて謝ってるだけじゃないの?
ほんとに言いたいことが伝わってるのか、わからないことにも。
疑ってしまう自分自身にも。
失望、と言ってしまうには大げさかもしれない。
けれど、今朝の幸せな空気すら白々しく、霧散した。
「……私も、言い過ぎた。ごめんね」
ふるり、と首を横に振る、彼になんとか笑顔を向ける。
それでも、今日は帰る、と告げて掴まれた手首をやんわりと解く。
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