‡ 蜜月 ‡ 

27/29
前へ
/348ページ
次へ
引き止められないように、歩調を早めたつもりだった。 けれど。 「…恵美っ!」 ほんの僅かに通り過ぎただけで、たやすく手首を掴まれて。 振り向いた翔吾君の顔は、泣き出しそうだった。 振りほどきはしないけれど、引き寄せられそうになるのを踏ん張って、身体を引いて距離を取る。 「ご、ごめん!わがまま言って困らせてるのは、わかってたんだけど…あの…」 焦って言葉を紡ぐ、翔吾君を視界の端に捉えて、また足元へと視線を落とす。 掴まれた、手首が痛い。 「私、お互いに仕事に支障が出たりしてないか、心配なの。毎日会えば、疲れも溜まるしミスも増えるから…だから」 「うん、ごめん」 ほんとに、そう思ってる? 私が怒ったから、慌てて謝ってるだけじゃないの? ほんとに言いたいことが伝わってるのか、わからないことにも。 疑ってしまう自分自身にも。 失望、と言ってしまうには大げさかもしれない。 けれど、今朝の幸せな空気すら白々しく、霧散した。 「……私も、言い過ぎた。ごめんね」 ふるり、と首を横に振る、彼になんとか笑顔を向ける。 それでも、今日は帰る、と告げて掴まれた手首をやんわりと解く。
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5419人が本棚に入れています
本棚に追加