§ 埋まらない距離 §

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煙草を灰皿に寝かせたまま、ショップバッグを手に取った。 小さなケースにかけられたリボンを解いて、箱を開く。 中には私が選んだ、キーリング。 使用中の少し傷んだキーケースから、鍵を外して付け替え始めた。 ――――… ただ、キスがしたいわけじゃないんだけどね。 キーリングはペアで購入した。 彼もこれを気に入ったと言ってくれたから、お互い買ってそれぞれで贈りあった。 そんな遣り取りをして、店員に仲が良いですね、と微笑ましく笑われて。 傍から見れば、充分恋人同士に見えるってことなんだろう。 だから。 だから? わからない。 恋って、どうやるんだっけ。 付け替え終わったキーリングを少し持ち上げた。 硬質のものが、擦れ合う小さな音。 「好きになるって、難しい」 一つの感情を上塗りするために生まれる「好き」なんてどこにもない。 気付くのは、もっとずっと先の話で。 ほったらかしにされた煙草の先から、ぽとりと長い灰が落ちた。
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