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ガシャン、と大きな音がした。
正直な処を言えば、その音を発生させた人物以外の者にとってはそれは取り立てて珍しいことではなかったし、どちらかと言うとああまたか、と微笑ましい空気すら其処には漂った。だが、音の発生源にとってはそれは本当に心底辛い状況であったようで――殆ど絶望的な表情さえ浮かべていた。
硬直したままぴくりとも動かない、否、動けない男に声を掛けたのは、直ぐ横で帳簿に手を入れていた桃太郎だった。
「あー……」
その声にびくりと躯を震わせる。
そうして、それ以上を言われる前に顔を伏せた。
「……すまない」
ひどく居た堪れない様子でそう言った彼の肩をぽんと叩いて、
「とりあえず、賭場が開く時間までは休憩行ってきたらいいよ」
「だが、」
「あー、大丈夫大丈夫。こんなのなんでもねーし。気にしない気にしない」
殊更軽く、明るく言ったのは、本当に全く気にしていなかったからだし、大したことでもないのだから気に病むなというつもりだった。
……それでも気に病まずにいられない性格なのだということは痛い程に知っているのだが。
そろりと顔を上げた、そのいっそ泣きだしそうな表情に、逆につい笑い出しそうになってしまった。
勿論、そんなことをすればこの真面目で真っ直ぐで不器用すぎる彼を追い詰めてしまうと解っていたので、しなかったけど。
「だいじょーぶだから、な?」
言い含めるようにそう言えば、少しの沈黙の後に漸く躊躇いがちに肯いた。……自分が此処に居ても役に立てない、と思ったのだろう。
年齢で言うなら桃太郎より随分と上なのだが、この従兄はどうにも――なんと言うか、可愛い弟のような気がしてしまう。
ぽん、ともう一度肩を叩いて促すと、すまない。わかった。と小さく言って、項垂れたまま帳場を出て行く。
それを見送って、桃太郎は肩を竦めて苦笑した。
ちらりと視線を横に向けると其処には、今の今、何か自分に出来ることをと一生懸命だった双子鬼・弟が掃除をしようとして割ってしまった壷が落ちている。
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