悪魔になった男

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そう自分に誓った俺は〈ベルナール〉にカウンターに腰かけながらそっと新聞を畳んだ。 「でもさぁ、探偵使えば一発だったね」 「そうなんだ。そんなにいい?」 「もうバッチリよ」 客の疎らな〈ベルナール〉にすっかり常連の喜多屋の馬鹿息子のご機嫌な声が響いた。 またなんだかただならぬ会話をしている。探偵でも使って女の浮気でも調査しているのだろうか?なんか粘着質な性格してそうだからそんな事の為ならいくらでも金を注ぎ込みそうだ。 「探偵だって。そんな秘密の話を表でするなんてよっぽど馬鹿なのかしら?」 雪乃さんが苛立ちを全く隠さずに言った。 窓際だとカウンターのこそこそ話なんて聞こえないが、直に悪口を伝えたくなる。 「多分そうでしょうね。ああいうタイプには何言ってもダメですよ」 「お金落としてくれるのはいいけど、やっぱりウチもお客さんは選んだ方がいいかもね」 「でもまあ態度が悪いわけじゃないですからね」 「新聞なんか読んでよっぽど店員の方が自由だもんねぇ」 それは申し訳なかった。 「いやぁ面白くなってきたなぁ!」 馬鹿息子が本当にうるさい。どうにかしてくれ。 すると、まき子はドリンクを乗せたトレイを持って馬鹿息子のテーブルにたどり着いた。 「お待たせしました、アイスコーヒーです。あっ」 ぶっきらぼうに感嘆してみせると京子はアイスコーヒーを馬鹿息子にぶっかけた。 「ああ、申し訳ありません。お代は結構ですので退店願えますか?」 おしぼりで馬鹿息子を拭きながら言ってのけた。 「もうこんな店二度と来るか!」 「申し訳ありません」 怒り心頭の馬鹿息子に京子は無感情に謝罪する温度差がまるでコントだ。 怒りながらも連れと共に店を出た馬鹿息子を見て京子はニヤッと笑った。 「京子!お客さんになんて事すんの!」 「でも雪乃さんもうざいって思ってたでしょ?」 「でもやるのとやらないのは違うわ!」 「知らない」 雪乃さんの説教に京子はうざうざ、と言いながら2階へ上がった。 しかし俺は久し振りに京子に拍手を送った。もちろん心の中で。
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