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「ばけもんめ…殺られてたまるか」
震えながら安田が呟いている。
「安田ぁぁぁ!」
健ちゃんは気付けば走りだして安田を叩きのめしにかかり、すぐに取り押さえていたが、俺は西崎に声をかけるまで少し時間があったように思う。
それはほんの1~2秒の事だったかもしれないが、なぜかすぐに動けなかった。受け入れがたい現実が次々押し寄せ疲弊していたのかもしれない。
「西崎さん!」
苦しむ彼の上半身を少し起こしたが、身体が硬直気味でしっかりと支えられなかった。
「大丈夫ですか?すぐに救急車を呼びますから!」
パニックになりそうな自分をできるだけ抑制しながら携帯電話を取り出して119番通報した。
しかし片手が空くと西崎の身体はずり落ちそうになる。俺の服も手も血まみれだったが全く気にならなかった。
「はぁ…はぁ…夏美…」
「まだダメだ!西崎さんしっかり」
電話は繋がったが、西崎に声をかける事に精一杯でうまく受け答え出来なかった。
「夏美に会いたい…会いたいよ…」
「会えるよ!だからしっかり!」
初めて西崎の弱気な声聞いた。
絶望を悟っているのかもしれない。
「夏美…ごめんな」
西崎は涙を流している。さっきまでの姿からは全く別人だった。
「とにかく早く来てくれ!人が刺された。光陵町西のアパートだ!」
電話口では落ち着いてくださいと女性が促すが、それが出来たらやっている。
「…夏美…もう…父さん」
「わかったからもうしゃべるな!」
俺は遂に電話を放り投げ、西崎を必死に抱き締めた。
「あんたは死んじゃだめだ、絶対死んじゃだめだ!頼むよ…」
西崎はもう話せないようだった。
目は天井をぼんやりと見て相変わらず泣いていた。
そして、ある瞬間に西崎が脱力した。
目を閉じてさっきまで聞こえていた荒い呼吸も止まったのだ。
死ぬ時はもっと徐々に息耐えると思っていたが止めを差されたように突然だった。だからこそ俺は死んだと瞬時に理解できた。
また部屋には静寂が訪れ、俺は叫ばなかった。
それどころか、健ちゃんが安田を取り押さえているから警察に電話しなきゃというような冷静な考えが頭に浮かんでいた。
放り投げた電話を取りに行くと、すでに着信中だった。
それも相手は貴さん。警察からかけてきてくれてよかったくらいに思った。
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