悪魔になった男

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19. 警察での事情聴取を終えた俺が〈ベルナール〉に帰ってきたのはもう午前2時を回っていた。 馬鹿息子の死の状況をうまく説明できなかったが貴さんがうまくまとめとくから口裏を合わせておけとフォローしてくれた。 いつもなら閉めてあるはずの店の玄関が開いている。 というか店内もいくつか明かりが点いていた。 「マサキ、ドコニイタ?」 サーシャがパジャマにカーディガンを羽織った姿で手前のテーブル席に座っていた。 「ちょっとね。もう疲れた…」 俺はサーシャの前に座った途端に身体の力が一気に抜け、全体重をイスとテーブルに預けた。 「コーヒーノム?」 「ああ、ありがとう。入れてくれ」 サーシャは優しかった。 いつも優しいが、この日はいつも以上に感じられる。 疲れてありがたみが身に染みたのだろう。 サーシャの入れたコーヒーはとても旨かった。 そんな事は知らず、隣に座って感想を聞きたそうにしている。 「とてもおいしいよ。ありがとう」 「オイシイ?オオッ!」 大声を出して素直に喜ぶサーシャをいつもならうるさいと叱るが、なぜかその声を聞きたかった。 多分彼らを目の当たりにして自分は家族や他人から愛されているか……いや、愛されている、そばには誰かがいると無理にでも思いたかったからかもしれない。 愛する人を傷つけられ、もう一度会いたいと切に願った西崎は結局再び夏美さんと言葉を交わす事はなかった。 それはどんなにつらいだろう。死に際までずっと名を呼んでいた。 それが叶わないまま終わるなんて。 この悲劇を産んだのは全て自分のせいじゃないかと次第に考えた。 結果的にこの事件に巻き込まれて皆が不幸になった。 愛する者を引き離したのは俺じゃないか… 「もう、全部俺のせいだ…」 「マサキ」 突然、サーシャが俺を後ろから抱きしめた。何かを感じ取ったのか。とても力強く。 「おい、サーシャ…」 「チガウダイジョウブ………もう大丈夫だから」 えっ…今なんて? 俺の空耳だろうか、いつもの乱暴に感じる片言ではなくサーシャは綺麗な発音でそっと囁いた。 「もう大丈夫だから」 「ああ…」 俺は胸元に回されたサーシャの両手を握って不安を押し殺していたが、そのうちにそのサーシャの優しい声で心も身体も大きな安堵に包まれ、気が付けばまるで母に全ての不安を取り除かれた赤ん坊のように深い眠りについていた。 終
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