死刑囚

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2. 上林先生は俺の小学校5年生の頃の担任だった。 今までの先生は楽しい授業でもどこか教師らしい雰囲気が残る中、上林先生はまるで違った。面白くて悪く言えばふざけた先生だった。 先生の奥さんが外国人だというウソ話はクラスのみんなが三学期の始めまで騙されていたし、当時討論番組で有名だった外国人タレントが講演に来た時は子どもより先に堂々と居眠りをかますなど数多くの伝説を残した。 それに元ボクサーで毎日学校までは走ってきていた。ここまでの個性の塊のような先生は他にもいなかったと思うし、学校で上林先生が嫌いな子どもはいなかったと思う。 時間があるという事だったので俺は上林先生を〈ベルナール〉に連れて行くことにした。 今の実家です、と言うと先生は何とも言えない顔をした後、外観を見て驚き、なぜか感心してくれた。 ドアを開けるとお昼のラッシュは去ったのか、〈ベルナール〉は落ち着いていた。 普段平日は学校なのであんまり実感はないのだが、結構人手不足であるとは聞いている。 「おい、お前どこ行ってたんだよ。さっきまで大変だったんだぞ!」 カウンターに腰かけた健ちゃんがすかさず俺に声をかけてきた。 何でいるんだ? 「健ちゃんも慶章小学校だよね?ほら、この上林先生覚えてる?」 「上林……知ってる!俺タバコ見つかってちょっと怒られたけど、誰にもチクられなかったし吸う時は俺呼べって言われて昼休みとか技術職員室で吸わせてくれてたんだよ。なつかしーな。久しぶりっす」 俺は初めて聞いた。やはりただ者ではない。 「えっと、確かにお前……」 「柏木健です」 「そうだ柏木だ!あんま変わんないな。背が伸びたくらいじゃないか」 「いろいろ変わりましたよ。それに今は扇瓦町のバーで働いてんすよ」 「そうか、しっかりやってんだな」 健ちゃんの隣に腰かけた上林先生に雪乃さんも愛想良く話しかける。 「いらっしゃいませ。マサキの小学校の先生ですか?」 「ああ、これはこれはどうも」 「どうも初めまして。ここの店長をしております谷川です」 「初めまして、上林です」 その時、俺には何かちょっとしたもやもやの様なものが胸の奥に広がった。 それが一体何かはわからない。 「この子の担任だなんて落ち着きなくて大変だったでしょ?」 雪乃さんはスッとコーヒーを差し出す。
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