死刑囚

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「んな事ねーよ。先生だったら俺はもっとまじめにやったのに」 「いやいや、今が良いと思うしかないんだって。綱渡りでもやるしかない時は誰だってやるんだから」 先生の言葉に少し感動した。 年の功を感じたというか、先生の今だから話せる言葉を今の俺だから理解できる。 俺は改めて先生と再会できた事を嬉しく思った。 「先生何か食べてかない?」 自然な流れだった。昼だし、先生にもっと居座ってもらえるきっかけにもなる。 「そうだな。ちょうど腹も減ってたし。何かおすすめあるか?」 「おすすめですか?いろいろ旨いんですけど」 ここは敢えてロシア料理薦めてみるか?などと考えていたら雪乃さんが先に先生に声をかけた。 「先生最近わたしね、スパイスにハマってて美味しいカレーが作れたんです。今一番自信作だからどうですか?」 とても嬉そうに雪乃さんは語った。 コーヒーでもそうだがこの人は元来生粋の凝り性だ。だから結果が出せるし、人が唸る。 でも、先生は確か辛いものが苦手だったはずだ。 給食の時間には子供に好き嫌いするなと言っておきながらカレーなどの日は少量で早々と食べ終わり、飲むヨーグルトで口内を中和していた。 「ああいいですね、じゃあそのカレーにします!」 「えっ?先生辛いものダメじゃないの?」 俺は思わず訊いてしまった。先生があまりにもあっさりカレーを頼む事が信じられなかった。 「何言ってんだよ。先生辛いものダメだったか?」 「だって給食の時間カレーはちょっとしか食べなかったし……」 「そんなの昔の話だろ?時が経てば克服できるのが人間だよ。カレーお願いします」 何だか話の焦点をぼやかされたようで腑に落ちなかったが、めちゃめちゃ人当たりのいい先生の事だから楽しそうな雪乃さんを見て断ったら申し訳ないとか思っているのかもしれない、と無理に納得した。 「先生はこの辺りのお住まいなんですか?」 雪乃さんが訊いた。 「いえ、この辺じゃないんです。今は末原の方に住んでます」 「へぇ、じゃあ今日は何か用事で栄井に?」 「ええまあ、友人の家を訪ねたんですが留守でした」 「そうなんですか、それは残念でしたね」 「でもこうして東野と会えましたから」 良い事言ってくれるな。
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