死刑囚

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「いや、ちょっと足りなくてさ」 「よっぽどの事がないとそれはやっちゃいけないのにあんた今月三回目じゃない。ほら他にも、メモを見て」 京子がレジから〈マサキ、五千円〉、〈マサキ、七千円〉と書かれているメモを出す。 「いい加減にして」 「来週には返せるから。アテがあるんだ。だから今日だけ」 俺は頭を下げる。雪乃さんより京子の方がシビアだ。 「来週返ってなかったら手塚さんに言うから、借金返済に協力的じゃないって。働かない癖にむしろ店から借金してるって。怒られて一人で地の果てで血へど吐くまで働かされろ」 相変わらずの罵声を受けても、何も反論できない。京子は何も間違えちゃいなかった。 「わかった。約束は守るよ」 「約束じゃなくて義務だから」 静かにそう言うと京子はまたシンクに戻った。 しかし情けない兄貴だよな…… でも感傷的になってる場合じゃなかった。 「永井、行こう」 「わかったよ」 呼びに行くと永井はゆっくりと立ち上がった。腰が重いとはこの事だ。 一階に降り、俺は駆けていくが永井は京子に軽く手を振りさよなら(の合図か?)をすませた。 「お待ちしておりました東野さま」 運転手は少々お爺ちゃんだが、見た目からしてジェントルマンだ。 俺たちは挨拶もそこそこにタクシーに乗り込んだ。 乗車の際、運転手が扉を開けて待ち、優しく扉を閉めてくれる。さすがは鉄恵交通のサービスだった。 「ここまで行ってください」 俺はメモに取った上林先生の住所を見せた。お爺ちゃん運転手は眼鏡をずらして、顔を近付ける。 「ああ……はいはい。わかりましたわかりました」 お爺ちゃんはカーナビをぎこちなく操作している。やはり眼鏡をずらして、顔を近付けて。 大丈夫かなと軽く心配になるが、気持ちを落ち着けて少し待つと発進しはじめた。 もちろん、リムジンの様な心地よい運転で。
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