40人が本棚に入れています
本棚に追加
8.
「本日はご旅行ですか?」
出発して5分、俺はあまり落ち着かなかった。永井は黙ったまま窓の外を見ている。
そんな緊張感を全く読めていないのか、運転手は話しかけてきた。
「いえ、違いますよ」
荷物無いだろ旅行じゃねえよ。
俺は思いながらも丁寧に否定した。
「あの喫茶店って駅に近いですから、旅行される方が立ち寄る事も多いですからね」
確かに旅行者も多いけど、でも俺らは違うだろ。
「あそこのコーヒー飲みました?」
「ええ、まあ」
従業員ですというべきか一瞬考えたが、適当に流すことにした。
「美味しいでしょう!私たまにいくんですけどね、あんなに美味しいコーヒー飲んだ事ないですよ、本当に」
「そうですかね」
褒めてくれるのはかなり嬉しいけど、何か今じゃないんだよな。
「それにねえ、最近だとお昼にカレーライス食べましてね。新しくなったやつなんですけどスパイスが利いてて堪らないですよ!」
「そうなんですか」
俺だって今日食べたばっかりなのに、普通に食べてるなんてお爺ちゃん中々のうちのファンじゃないか。
「あそこはお勧めですよ。ところで…」
このやり取りだけで心を開いたのか、お爺ちゃんはさらに話し出す。
「今日この辺りで脱走した死刑囚がうろついてるとかいうニュースご存知ですか?」
俺は思わずピクッとなった。永井の方を見るのが怖い。
「そうなんですか?それは怖いっすね」
お爺ちゃんがニュースか何かで永井の顔を知っていたらヤバいで済まない事になる。
「何でも大きなおっかない男らしいですよ。東野さまもお気をつけ下さい」
同じ車内に乗ってますなんて口が避けても言えないな。
「ありがとうございます」
「でもこの辺りは割と平和な所なのにこんな事件が起きるなんて……」
「ガタガタうっせえな!」
饒舌なお爺ちゃんに永井がドスの利いた声で怒鳴った。
お爺ちゃんは心底震え上がる。
「静かに運転しろ……」
「しっ、失礼しました」
永井は言い放つと黙って窓の外を眺めだした。
俺は永井が暴れなくて良かったと心底思った。
最初のコメントを投稿しよう!