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すると、またまき子から着信が入った。
タクシーの礼も言わないと。
「どうした?」
『もう向かってる?』
「ああ、ありがとう。でもいないかもしれないよな?」
『そこは大丈夫じゃないかな』
まき子はさらっと言う。
「何でわかんだよ?」
『上林輝男は今無職だもん。借金も結構あったみたい。調べてみた限りじゃどこからも借りられなくなってる。ギャンブル癖もないみたいだし細々と暮らして外出なんて珍しいかも。まあ夜逃げしてるって可能性もあるけど』
かなりショックだった。大好きな上林先生の目も当てられない堕落ぶりに心が重くなった。
『仕方ない、これが現実なんだから。憧れてるのもわかるけど、人が変わるのなんてちょっとした事なんだから』
「わかるけど……」
『まあしっかり向き合いなさい。そっからわかる事だってあるし』
「ありがとう」
何励まされてるんだか……
『それと永井に言っといて、まあこれはあくまで噂の段階だけどさ』
「何を?」
『永井の死刑って執行は今日の予定だったらしいのよ』
「えっ!?」
俺は思わず大声になる。
『確かな事ではないけどね、さっきも言ったように噂の段階だけど』
「それにしても何で…」
『他には群馬で12年前に一家惨殺した國村義雄とかも執行予定だったけど、永井の脱走で一先ずは中止みたい。まあ国の情報だからね、恐れ多くて簡単には手が出せないし、裏取るのはちょっとやそっとじゃできないから。まあ頭の片隅に置いといて。それにしても脱走して本当にラッキーだったね』
「ラッキーとかそんな問題じゃないだろ」
『だって冤罪だったんでしょ?殺されるのは割りに合わないじゃない』
「完全には言い切れないよ」
『そう。まあじゃあ頑張って』
そしてまき子は電話を切った。自分が言い終わるまで待てばいいのに。
執行の話は永井には言わなかった。言っても仕方ない。
「運転手さん、まだ着かないんですか?」
永井の一喝以来、まるで大人しかったお爺ちゃんがビクッと反応した。
「ええ、もうすぐ着けると思いますので…」
完全にビビっている。何だか申し訳ない気がした。
「もうすぐ着くってよ」
相変わらず外しか見ない永井に声を掛けた。
「……わかってる」
そう言う永井の背中から何だか緊張が伝わる。
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