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――元治元(1864)年、京。
「じゃーな、行ってくる」
人々が寝静まった夜半、町の外れで旅装束の青年が目深にかぶった編み笠を押し上げて笑う。
彼の名は高杉晋作(たかすぎしんさく)、幕府を倒そうとする過激な思想から現在都では第一級の危険人物として恐れられている男だ。
無造作に切られた短髪と吊り上がった切れ長の目が印象的な端正な顔立ちをしていた。
彼はここ、京から故郷萩に向けて出発するところだった。
「何とかは風邪ひかないっていうから大丈夫だとは思うけどせいぜい体調には気をつけてね」
「……オイ、稔磨、見送りの第一声おかしくね?」
要するに馬鹿って言いたいのかお前。
晋作がじとりと睨んだ先にはクスクスと妖艶に笑う中性的な美しさを持つ長髪の青年が腕を組んで立っていた。
彼は吉田稔磨(よしだとしまろ)といい、晋作の旧友である。
「まぁまぁ、二人共。言い争うのはその辺にしませんか」
突如として晋作と栄太郎の間に割って入った声の主は久坂玄瑞(くさかげんずい)。
六尺(180cm)はあろうかという体躯とは裏腹にいつも人当たりの良い笑顔を崩さない坊主頭の好青年である。
昔から喧嘩の絶えない晋作と稔磨だったが、仲裁役はいつも決まって玄瑞が買って出ていた。
そんな玄瑞が今、何やら真剣な面持ちで晋作をじっと見つめている。
「ところで晋作」
「……何だよ、玄瑞」
玄瑞の神妙な面持ちに晋作は何やら重大な宣告が待ち受けている気がして身を引き締める。
「体調管理はしっかりしてくださいね。早寝早起きを心掛け、暴飲暴食は控えること。晋作の場合は特にお酒の飲みすぎに注意してくださいね。夜はお腹を出して寝ないように。それから、」
「保護者か!」
……そうだ、玄瑞ってこんな奴だった。
医者の家の生まれということもあって 心配性で世話焼き。
彼の性格をすっかり失念していた自分に思わず呆れた。
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